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今回は伊能忠敬測量隊のこの地域における様子をみていきます。(紙版ミニコミ番号:第64号/H24.5発行)
(「伊能忠敬 測量日記 第三巻」参照 )
1809年10月17、18日(現在の11月24、25日)加納宿へ泊まりました。
18日は加納から広江町、美園村、小熊村、岐阜町、笹土居町、白木町、因幡山因幡社(現伊奈波神社)、本町、魚屋町、大桑町、材木町と長良川までを測量しました。
19日は加納宿から美江寺宿まで中山道を測量しました。
本庄村、六条村、三ヶ村、「往来松名所、古跡あり」鏡島村、「途中、梅寺(鏡島の弘法さん)へ立ち寄った」とあり、江崎村から長柄川(長良川)を渡ります。
河渡宿、馬場村、生津村、上本田、 糸貫川を渡り、「板橋を経て」とあるので、橋のかかった川を越え、美江寺宿へ入ります。
20日は美江寺宿を出立、十七条村、田ノ上村、宮田村、大月村、呂久村から呂久川「川幅46間」(約80~90m)を渡り、赤坂宿まで中山道を測量しました。
測量隊の一日は日の出とともに測量が始まり、次の宿に着くと記録の整理、測量計器の点検、さらに晴れた日は、毎日夜遅くまで天体観測をして経度を確認する、という忙しさでした。
美江寺宿で宿泊時も、夜は晴れで、観測を行いました。
次回は、第四次測量で美濃路を測量した時、川をどのように測量したか、また大垣宿から垂井宿への測量などを、日記からたどってみます。
伊能測量隊 美濃路をゆくへ